麻田浩 Asada Hiroshi

父 麻田 浩 −ある画家の死−

  • 1.最後の言葉
  • 2.画家の死
  • 3.母・美禰
ASADA Hiroshi - my father
最後の言葉

 まず、これまで私達遺族が公にすることがなかった父の遺書から、この文章を始めることにする。1997年6月20日に亡くなる、その日の朝に書いたであろう最後の言葉である。

遺言

死を前にして、言葉が出て来ません。

皆々様、本当にお世話になりました。感謝します。

あれも描きたい、これも描きといった欲求
プツリその意識がきれた意識の様に入院以来なりました。

私はこれが運命だと思い

幼児の様な無能を絵だけにつないで来た様な気がします。

そしてもう一つ美禰が居てくれて26年暮せた幸せ。

 アトリエで自ら命を絶った時、父はこの遺書を未完の大作『源(原)樹』とともにイーゼルに置き残した。あわてて書いたのであろう、その走り書きされた文字はひどく乱れていた。「プツリその意識がきれた」と父は書いているが、実際には父は遺作『源(原)樹』のみならず、その先描くべき何枚もの作品の構想を制作ノートに書き残している。まだまだ描きたい絵はあったのである。しかし、それを形にする体力と気力が父には残されていなかった。

2 画家の死