
私の画風は心象風景としかいいようのないような、心の中の世界を外に見える形に表現するという方法でした。
私はヨーロッパへ出発するときにひとつ、考えたことがありました。あらゆる時間にあらゆる時代に年代に左右されない、いつまでも「今、描かれたような」ある意味では「前から既にあったような」、「今後もあるような」、そういった不思議な普遍性、そいういうものを私は求めているのだ、と。
パリへ行って絵を描くということは、ほとんどの場合、パリの風景を描いたり、パリの街角の小さなショーウィンドウを覗き込むようにして書いたり・・・要はヨーロッパの風物に魅せられて自分の作品が生まれてくるというふうに考えられがちですが、私の場合にはまったくヨーロッパを直に感じさせるものは何もありません。全くそれは私の心の中の世界でした。地上に小石があり、小さな水滴が飛び散っているといった、一瞬一瞬象徴的なファンタステッィクな絵であると思います。

目をつぶります。すると暗黒の世界に入っていきます。無意識の世界です。無意識の世界に興味をもつと、その世界はとても深いところまであり、それは結局は人間の心の世界です。人間の心を表現したい。そのために白いキャンバスに絵の具をのばす。ちょうど子供の時に天井の杉の目にイメージを発見したように。それははっきりと何が描かれているのか説明できないような。でもそれは心としか言いようのないものが出現している。それが私の心象世界です。
私の絵の場合、説明はどのようにでもできます。ただ一つ言えることは、現れている世界を心で受け止めている。目で受け止める方法もある。科学で受け止める方法もある。けれど芸術家である私は心で受け止めている。
そう考えていただいたらどうでしょうか。