



画家になろうという決意のもと、7年間勤めた会社を退社しました。
本格的な洋画家を目指して絵を描いていたのですが、その描いている洋画が生まれた地で、実際の生活をしたいと思う様になりました。風土・社会、すべて当然違うはずで、そうした風土・社会の違いがヨーロッパの油絵の伝統とどのように絡み合っているのか、自分の目で確かめたいと思いました。
リルケが好きでした。リルケ著「マルテの手記」に描かれた、リルケのパリでの現実の生活、少年時代の回想、夢、思い出。それはまるで折り綴られた1枚の布のようで、しかし物語性としては完成しない。ある意味で難解な小説です。
私は絵画において同じような一貫性をもたない、部分部分がそれぞれに重なり合って1つの物語を形成していくという方法、シュルレアリスム(超現実主義)をとってきましたので、リルケに強く惹かれました。リルケが苦渋に満ちた生活を過ごした同じパリで、絵を描こうというわけです。

まずは約束をしていた日本の画廊に送るための作品を描かねばなりませんでした。ところが、土地が変わるだけで、これだけ絵が描けなくなるのかと思うほど自分の絵を描くことができませんでした。
そんな時、以前から試みたいと思っていた銅版画をこの地で習うことができるとわかりました。ヨーロッパの色彩銅版画家の巨匠、フリードランデルの所へ出向き、「弟子にしてください。」とお願いしたところ、「翌日からどうぞいらっしゃい。」と両手を広げて私を向い入れてくれました。そこで多くのフランス人、異国人の知人を得ることができ、画商と知り合うことができ、作った版画は出版されて何百枚にも刷られてヨーロッパ全体あるいはアメリカへ輸入されるようになりました。
パリでの衣食住に、実際的な経済活動が加わることにより、パリでの生活が自分の内側に徐々に入ってくるという経験をしました。
ヨーロッパは個人主義です。人真似は一切できません。従って、自分の絵を自分なりに、誠実に精魂込めて制作する以外に道は無い、ということです。