

ひ弱で内政的な少年でした。遊びに現を抜かすと同時に、よく床に就いていました。床に就き、天井の杉の木目をじっと見つめ、その木目の形からいろいろな物のイメージを呼び起こし、一人で物語をつくって飽きることを知らない、そんな少年でした。
絵描きになりたいのです。
子供が2人とも絵描きになったら大変だ。絵描きの生活は楽なものではないのだから。父はそのような意向だったと思います。普通の中学に進みました。
京都の芸大に入りたいのです。
好きな絵は趣味で描きなさい。実業は勤めをしていくのはどうだろう?
父と兄が日本画。ではなぜあなたは洋画?それは実に簡単な理由です。趣味的に続けていくには油絵のほうが簡明。そういう理由だったのです。
同志社大学の経済学部に入学し、伝統ある「鞍馬画会」に入り友を得、楽しいひとときを過ごしました。京都市内の百貨店に入社しても、絵を描きたい情熱は一向に消えず、昼は勤め、夜は絵を描く生活を続けました。
自然光が得られない夜に、電球で光をとって描くという条件は、内政的な私にはかえって適していて、暗い闇の中で光をつけてそこで自分の内側のものを繰り出し、紡いでいく作業のおもしろさに、徐々に徐々に絵描きへの道へ導かれていったのです。
画家になりたい。
すべてはそれを基準に決めて行動したい、のです。