
1月14日
蚤の市で人形を見つけ、風景画の中のモティーフとして取り上げたいと思う。
4月7日
「現代の幻想絵画展 不安と恐怖のイメージを探る」(沖縄タイムスホール4月7日-22日、久留米岩田屋6月22日-27日)出品する。
6月
この頃から、「100×100」の風景画についての制作が手帳に記されはじめる。これが一連の連作「原風景」に結実する。
7月20日
「150×150cm…これは『土の風景』となるものである。これはある程度、結果の見えるような気もする」と手帳に記し、渡欧してはじめて「原風景」のテーマを獲得、油彩制作が軌道に乗りはじめたことがわかる。
「パリ山水」という言葉を手帳に記す。
30日
「サロン・ドートンヌ」に出品する。
8月2日
渡辺恂三夫妻とともに、江原順宅を訪問する。
9月
図録『第37回新制作協会展図録』に「海外だより 短文」を寄稿す。
4日
「第12回国際形象展」(日本橋三越本店9月4日-16日、心斎橋大丸10月11日-16日)に《砂の風景A》を招待出品する。
10月8日
「新しいのをはじめる。一体どんな事になるのか、とにかく、やって見る。赤い画だ。100cm、赤い地表」とノートに記す。
「名古屋大阪フォルム画廊開設記念展」(大阪フォルム画廊名古屋店10月8日-19日)に《女》を出品する。
11月16日
「この間に195×190の大作 グレイ地表をこの所描いている……「重い旅』 (no.36)」と手帳に記す。
この年
秋頃、パリに留学していた粟津則雄とはじめて会う。また粟津則雄、渡辺恂三とともにブルゴーニュのロマネスク遺跡を訪れる。