麻田浩 Asada Hiroshi

年譜

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1971(昭和46)年 39歳

藤川デザイン学院の講師を退任する。
成安女子短期大学の講師を退任する。

2月

『ゼロの焦点』(松本清張/新潮文庫)(no.135)の表紙画に採用され、現在もこの表紙画は変わっていない。

3月

「第14回安井賞展」(池袋西武百貨店7階特設会場3月5日-15日、高松市立美術館5月19日-6月6日)に《網打たれた風景》を出品し、入選する。

「’71新鋭選抜展」(日本橋三越本店3月16日-21日、心斎橋大丸4月13日-18日)に《風景の中で》を出品し、優秀賞を受賞する。

4月

「第23回京展」(京都市美術館4月30日-5月14日)に《内的風景》を出品する。審査員も務める。

5月

「第10回現代日本美術展」(東京都美術館5月10日-30日、京都市立美術館6月12日-7月4日、及び、愛知県文化会館、宮崎県立総合博物館、佐世保中央公民館、福岡県立文化会館で開催)に出品する。

7月

「麻田浩小品展」(ギャラリー・プチフォルム7月19日-24日)が開催され、新作の油彩画26点を出品する。

8月

「第15回シェル美術賞」(霞ヶ関ビル1階プラザホール8月26日-10月30日、京都市美術館9月16日-24日、愛知県文化会館)に出品し、美術賞を受賞する。

9


「第10回国際形象展」(日本橋三越本店9月14日-26日、心斎橋大丸10月12日-17日)に《地の窓》(no.26)をはじめて招待出品する。

以下にまとめた麻田浩のパリを中心とするヨーロッパでの活動については、自らが日記風に書き留めた手帳の記述から推測せざるを得ない。これらの手帳は、1971年から72年、1973年から74年、1975年、1977年、1978年、1980年から82年の計6冊が残されている。ただし、毎日の出来事の詳細が完全に記されているわけではなく、制作が順調にすすんでいる時には、絵画や版画の制作に没頭し、ほとんど記述のない日々が続いたようだ。

年譜では、手帳の中で特に重要だと思われる事項のみを記した。

9月15日

桑田道夫、下村良之介、伊藤久三郎らの自宅を美禰夫人とともに渡欧の挨拶にまわる。
夜、第一櫻で送別のパーティーが開かれる。

16日

京都駅9時24分発ひかり号にて、美禰夫人と東京へ出発。両親、姉の見送りを受ける。

17日

午前8時、ハバロフスク号にて出帆。


19日

ナホトカ湾に入港。下船して急行列車でハバロフスク空港に向け出発。
夕刻、モスクワのボモシエドボ空港に到着。


21日

モスクワ市内を観光する。

22日

モスクワ発、ストックホルムを経由。


24日

パリに到着。


10月1日

一ヶ月家賃600FのPension de Familleに滞在。

8日

ルーヴル美術館を訪問する。


10日

カーニュヘ旅する。


17日

エクス・アン・プロヴァンスのセザンヌのアトリエを訪問する。


11月20日

「Parisで生活しているとは言えまい。何の根もない、浮草なのだから。でも、通りすぎて行く、旅行者でもない。あえて言うならば、旅人であるのか」と、日記に記す。この頃、「1.色キャンソン紙(とかとにかく紙)に、コンテと水彩によるデッサン風の作品 2.テンペラによる作品 3.油絵 の3段階」によって、制作を行うと記す。

12月

個展「麻田浩展」(大阪フォルム画廊12月13日-23日、東京店1月17日-27日)が開催され、《内的風景》《風景の中で》《赤い風景の中》《黒の窓》など20点余を出品する。

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