麻田浩 Asada Hiroshi

年譜

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1972(昭和47)年 40歳

1月11日

「新制作油絵展」(兵庫県立近代美術館1月11日-16日)に《煙を吹く》《再び流れる》を出品する。

14日

テンペラ画に着手する。3号Mの人物《圧縮された失意の自画像》を制作。

15日

「仕事は何も出来ていない。そして、今後、どれだけの事が出来るか!帰れば、さらに一層、これを機会に俺はだめになって了いそうだ。何とか一年以上はいて、何かしたいと思う」と、日記に記す。

2月

「第2回現代日本新人作家展」(日本橋高島屋8階催場2月22日-27日、大阪なんば高島屋7階催場4月18日-23日)に《土の人物》《球の中で》《秋風景》を出品する。

3月

「第15回安井賞展」(池袋西武百貨店7階特設会場3月4日-14日、高松市立美術館4月8日-23日)に《落下風景》を出品し、入選。

5月

「第3回レヌフ展」(大阪フォルム画廊東京店5月6日-17日、福岡店5月24日-6月2日、大阪フォルム画廊6月19日-29日、名古屋店7月17日-26日)に《重い時》を出品する。

24日

「幻想展 大阪フォルム画廊設立10周年記念」(大阪フォルム画廊名古屋店5月24日-6月2日、東京店7月10日-15日)に出品する

6月

「’72新鋭選抜展」(日本橋三越本店6月13日-18日)に《赤い風景の中で》を出品する。

7月16日

ローマを訪れる。

20日

ミラノを訪れる。

23日

マントーヴァを訪れる。

25日

シエナを訪れ、その珠玉の古典絵画に感銘を受ける。

8月

バチカンを見物。システィーナ礼拝堂を訪れ、イタリア訪問の旅は、8月下旬頃まで続く。

この頃、版画家・ジョニー・フリードランデル(Johnny Fried laender,1912-1992)の主催する版画研究所に入り、色彩銅版画を学び始める。この研究所に通ったことが、ヨーロッパの作家たちや画商との交流を深める機縁ともなった。

9

「第11回国際形象展」(日本橋三越本店9月5日-17日、心斎橋大丸9月28日-10月3日)に《赤の風景》を招待出品する。

6日

森本岩雄夫妻がスペインからパリに帰り、ホテルを探す。

11日

サロン・ドートンヌ出品のために80号の作品を描く。

17

森本岩雄夫妻とシャルトルを訪れる。

10月3日

美禰夫人もフリードランデルの版画研究所に通い始める。

12月

エッチング、マニエルノワールの制作が記録される。
この頃から翌年2月にかけて集中的に版画を制作。
「’72ミニアチュール展」(ギャラリープチフォルム12月4日-9日)に出品する。

29日

小さな部屋を見つけ、翌月新たなアトリエとする。

この年

自由学生としてパリ高等美術学校に通う。

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