麻田浩 Asada Hiroshi

回顧

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3.存在の根源を追求された絵

梅原
あなたの作品を見ると、木が根っこから描かれていますね。そこに虫が食ったり、風がふいていたり、そういう絵を見て非常に感動しました。何か存在の、人間ばかりかすべての存在の根源みたいなものを追求しているという気がしました。存在の根源を描いたと思われる絵を見て感動しました。
ゴッホに農民の靴を描いている絵があります。その絵を存在の根源に触れる絵だとハイデッガーは大変褒めています。ハイデッガーは農民の出身ですから、今の人問は存在を忘れているという哲学を持っています。そのゴッホの絵を見て、そこには人間の労働とか死とかいう人間の存在の姿が描かれているといいました。
あなたの絵を見てハイデッガーのその言葉を思い出しました。虫に食われ、風に吹かれながら頑張って地上に生きているそういう木の中にあなたはあなた自身の人生を見ていたに違いないと思うのです。けれどもそれはただあなた一人の人生ではなく、動物とか植物すべての生きとし生けるものの存在の根源を見つめた絵であると思います。

麻田 
そのお言葉に本当に励まされます。美術学校へ行っていないからだと思うのですが、絵は我流でその人その人の技術があると版画を作ったときに思いました。

梅原
その通りですよ。やはり芸術というものは、自分で見つけるもので、人からの借物ではいけないわけです。そして私は、多くヨーロッパで学んだ人の絵を見ると、外から輸入された流行に沿った軽薄さを感じるのです。でもあなたの絵にいささかの軽薄さもない。やはり、全部あなたの絵になっている。それだけヨーロッパにいながら、どこかインターナショナルでありながら、やはり問違いなく日本人に描かれた絵であると感じるのですよ。

麻田 
私は、絵が好きで。

梅原
好きだと思います。

麻田 
もともと絵が好きではなかったのですが、ただ、自分が情緒不安定で自閉的と言うのでしょうか、不安の固まりでしてね。その不安をどうして押さえ付けたらいいのかわからなくて、絵の魅力でしょうか、絵を描いている時には、絵を描くことによってその不安を支えているという気が時々します。

梅原
絵の中には不安がものすごく出ていますよ。(笑)

麻田 
そうですか。やっぱり出ていますか。

梅原
出ていますよ。決して元気のよさが表れている絵ではなくて、自閉症的な自己問答の中から生れているような絵ですよ。それはあなたの人生がよく出ていると思います。それでいて決して画面は暗くないですね。大きな不安などを秘めながら、生物の生きる意志をどこか高らかに讃美しているようなところがあると私は思っています。楽に人生を生きる人ではないでしょうが。(笑)

麻田 
自分で情けなくなって。年齢的には老いても子供だな、と。箱庭で一つの自分の世界を作るということで神経症が治癒すると河合隼雄先生は書いておられますね。確かに手と眼と頭を使ってやる仕事というのは・・・

梅原
 やはり仕事が、自己の不安感を客観化するわけだからね。客観化することによって、救われるわけです。不安の強さと不安と戦って生きる意志という矛盾するものが、あなたの芸術の強い魅力だと思います。

麻田 
以前、先生のお作品展へ伺いました時に、「創造」と書いてあって、「理性と狂気の間のせまい橋を渡れ落ちないように」と続くのです。あの書には感銘をうけました。そういう所まで先生が見ておられるという、部門の幅が広い先生で巨人だけれども、やさしいと私は思いますね。あの言葉は忘れられない非常に印象深い掛軸でした。決して甘えてはいけないけれども。そして、不安におびえながらもなんとか最後まで画業を続けることを大切にしたいと思いました。落ちないようにして。
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