

6.結界の芸術
麻田今私は呆うけているんです。先生にお会いして何か私のやることについておっしゃっていただけると今日楽しみにしていました。
梅原呆うけている時間も大切ではないですか。おっしゃった、目を閉じるといろいろ見えてくる、そういうその人の妄想からいろいろなものが現れてくる。これは芸術家にとって一番大事なことだと思いますね。
麻田呆うけているのは、やはり日本を留守にしてヨーロッパに永い間いたり、京都へ帰って病気をしていたり、があると思います。
私はヨーロッパでカトリックの教会によく行きました。それで帰ってきてからは、カトリックの雰囲気を求めて、日本の教会に行きました。するとあるはずのものがないのです。
ヨーロッパの教会には永い年月のうちに祈りを越えてきたえもいわれぬものがあるのです。日本でお社というものはなにか神々しいと感じられる自然があったところにまつられ、永い年月を経て動かしがたい霊性が備わってきているものであり、ここにあるべくしてあるのだと若いころには気づかなかったですね。京都の開発も京都の一つの結界みたいなものをあまり広がらせずに力を帯びた土地に時代を重ねて欲しいですね。
梅原人間の世界と怨霊の世界、生の世界と死の世界との間。やはり芸術家はそういう所に住んでいないとね。あなたの絵もそういうところに住む芸術家の芸術ですよ。どちらかというと死の世界に、怨霊の世界に近いかもしれない。もう少し生の世界に近い方が長生きすることが出来、多くの作品を描くことが出来ると思う・・・
麻田死の世界に近いですよね。気をつけなければなりませんね。
梅原やっと生きて来たという絵ですよ。今聞いていると、また別の生の世界が出て来るように思います。芸術は、死の世界を含むべきだと思っていますが、そういう芸術は少ないです。あなたの芸術はそういう死の世界を含む芸術ですが、私はあなたに長生きしていただくためにはもう少し生の世界をふやした方がよいと思う。
麻田説明的になりますけれど、モンスデジデリオという画家がいます。16世紀の作家でナポリにいました。その人の絵はどこかに集中的に集まっていてそこで見られるというのではなくて、何カ所かの美術館を見ていると端っこに並んでいるのです。それは、崩壊風景なのです。巨大建物がどんどん砕けていくのです。
阪神淡路大震災はこのようだったんだろうなと、それだけを描いていた作家なのです。ちょうど時代的にも何をやってもいいマニエリズムの時代でした。そういう時代と現代は似ていて、崩壊風景というものもヨーロッパではそこここに表向いて並んでいる。ヨーロッパの歴史にとって縁起が悪いからと裏向けに置いておかれたり、無視されたりせずに並んでいます。梅原平家物語の無常感がそうですね。崩壊感覚ですよね。
麻田それに対して美を感じるのですよね。
梅原あなたの場合も非常に日本的な無常感と、質の違った無常感ですね。崩壊感覚というべきものを基本的テーマにしているのは間違いないと思います。最近の若い時代の大和魂の感覚が復活したような絵にはまた別の期待がかけられます。
麻田何が出て来るかわかりませんね。
梅原芸術家は変わったように見えても、変わらないですね。よい芸術家は、常に新しいものを追いかけているようで、そこにはその芸術家特有の個性が一本貫いている。変わっているようで変わっていない、そういうものが本物だと思っています。全部変わってしまうのは偽物ですね。