「ニューヨーク展のこと」 麻田弦
2010年05月16日(日)
先日、仕事でニューヨークに行くという
機会に恵まれた。実際にはニューヨークでの撮影は一日で
そのあとはトロントで一週間という日程であったが
帰りにはトランジットでニューヨークで一泊しなければならない。
それではと、せっかく初めてのニューヨークなのだからと
3日ほど滞在することにして美術館巡りなどをした。
メトロポリタン美術館では、おりしもルネサンス期の絵画が
大々的に展示されており、父が強く影響を受けた
北方ルネサンスの絵画も数多く観ることができた。
なかでも、父が晩年描いた『遠い風景(パティニール賛)』という絵の
タイトルからもわかるように影響を受けた一人であるパティニールの
作品を初めて生で観る興奮には時空を超えた不思議な感慨を覚えずには
いられなかった。
父がニューヨークで個展を開いたのは1991年。59歳の時である。
「ギャルリーためなが」と契約を交わし、いよいよ画家人生の円熟期に
向かうのだという強い気持ちは高校生であった私にも伝わってきていた。
しかし、体の具合は芳しくなく、ニューヨークへ行ってもホテルで一日を
過ごしてしまう日もあった。それでも、いくつかの出会い、そして
そのことによる興奮は日本にいる私と妹のもとに届くファックスからも
見てとれた。エルトン・ジョンが父の作品を買い求めて行ったのも
この時のことで、しかしポップスには疎い父と母は何だか有名な音楽家らしい
が知っているか?というような文面で、私は、当たり前じゃないか
と答えたのを覚えている。
しかし、父のニューヨーク展にまつわる
一番の記憶と言えば、帰国後の父のひとことである。
「基本的には石の文化の土地で、そういう意味ではヨーロッパと地続きにあって
びっくりすることはなかった」
ポリティカリー・コレクトネスから言えば
アメリカはネイティブ・アメリカンの土地をヨーロッパ人が
侵略し、アフリカから多くの奴隷を運んだ土地であるということが
その前の言葉には就かなければならないのだろうけれど
実に父らしい言葉であるな、と思った。
父にとっては石の文化の街としてのパリが常に頭にあり
(それはこのホームページを見ていただいたら分かる)
だから帰国後も向こうと行き来が出来るようにと
アトリエはそのままにしてあった。だが結局、
父がその後、パリのアトリエを使うことはなかった。